いい魚を届けるために
追求は終わらない

田中さんは新卒入社したスーパーで鮮魚部門に配属されて以来、仕入れから丸魚をさばき、刺身や寿司・惣菜などに調理する全ての過程に一貫して携わってきた。

▲普段は柔和で言葉数の少ない田中さんだが、魚のこととなれば目つきが変わる。

「通常であれば魚の『さばき』からスタートして、魚のことを十分にわかってから『仕入れ』に携わるのですが、自分の場合、当時の人事の都合でたまたま最初から全ての過程のイロハを学ばせてもらいました。その事は結果的に幸運だったと思います。」

鮮魚部には「仕入れ」のプロフェッショナル、「さばき・刺身」のプロフェッショナルとそれぞれの工程において専門の職人がいるため、最初はついていくのに必死だったそう。

「仕入れも刺身作りも、自信をもってできるようになるまで78年はかかったと思います。仕入れの時、市場では専門用語が飛び交うので、最初のころは外国に来た気分になるくらい(笑)。流れを理解するにも時間がかかりました。今ですらベテランの方と比べると自分はまだまだだと思う部分もあるので、早く追いつけるよう必死な日々ですよ。」

魚のことを知れば知るほど奥の深いものとわかり、作業ができるようになるほどに先輩たちの仕事の凄みもわかってくる。同時に、今の自分自信が限界ではないことにも気づくことができる。話を聞けば聞くほど、田中さんの魚に対する姿勢が伝わってくる。

▲たくさんの先人たちの仕事に、今も憧れている。

「いい魚を仕入れることができたからといって、誰がさばいても同じではありません。例えば刺身にするのであれば、魚種や個体に合わせて切る技術が大切。その魚の鮮度や脂の乗り方によって厚みや大きさを変えて、なおかつ見た目もキレイに揃えて切る必要があります。チームとして、お客さんに届ける基準の最低ラインを常に高く持ち続けたいですね。」

どこにも負けない商品のレベルを追求したい。それを続けるために、独立したといっても過言ではないという。

「労働基準などのコンプライアンスを守ることや、原価率など経済指標はもちろん大事です。しかしそれを気にしすぎて商品に妥協し、どこにでもあるレベルになってしまうことは避けたい。ならばそのための仕組みを自ら築き上げていこうという気持ちで独立を決めました。」

美味しい魚を提供するためなら、時間がかかっても面倒がかかってもいい。それでもビジネスを成立させる作戦とはどういったものだろう。

「薄利でもたくさん買ってもらえるようになる!というシンプルな考えです(笑)。いい魚はやっぱり競りでも高くなってしまうので、高価格で提供したくもなります。でもそれではたくさんの方に美味しい富山湾の魚を食べてもらうことには繋がりづらい。やはりお客さんあっての魚産業ですから、手間を惜しまず、美味しくて安くする工夫こそが『魚訓』の仕事だと思っています。」

商品のレベルで勝負していくことを決断した理由は、目の前のお客さんに喜ばれ、お客さんに何度もきてもらえた経験が仕事のやりがいにつながっているからだ。

「自分が仕入れたもの、さばいたものがよく売れることはこの仕事の喜びであり、糧ですね。数ある魚の中から自分が選んだ魚を良いカタチでお届けして、喜んでもらいたい。その気持ちが原点であり、ずっとこの仕事を続けていくことの意味だと思っています。」

魚の未来につながる
正直な魚屋でありたい

▲冬の市場、朝6時。まだ太陽が登る前から魚の仕入れははじまっている。

もともと田中さんは、特別魚が好きで今の仕事をはじめたわけではないという。たまたま知人から職場を紹介され、誘われて働き始めたそうだ。

「美味しいものを食べることが好きな家庭で育ちましたが、実はなぜか富山にいるのに就職するまでほとんど魚を食べてこなかったんですよ。自分で仕入れをして、さばく練習を繰り返す日々の中で、やっと『魚って美味しいんだ』ってことに気づきました。そしてどんどん好きになっていったんです。」

しかし、どんなに努力をしても魚が売れないという苦い時期も経験をしてきた。さまざまな原因はあるが、魚食文化自体が衰退していることも肌身で感じているという。

「自信を持って目利きした魚を売り出しても、時として売れ残ることがあります。その魚は廃棄しなければならず、それは僕にとって何よりも悔しいことです。魚がたくさんとれて、物も良くて、しかも値段も安い。なおかつ店には人が来ているのに、それでもなお魚だけが売れない時ってあるんです。本当にもったいないし、どうにかしてその状況は無くしたいなと。」

魚を食べなくなれば魚の相場は安くなる。すると漁師の給料は下がり、生産者・消費者全ての生活から魚が離れていくという悪循環が起こる。それが積み重なって、魚食文化は衰退しつつあるのではないか。

「そういう現状に対して自分にもっと力があれば、という思いがあります。だからこそ魚を提供するという行為は、旬の美味しいものを届けることも含めて、全体としてより品質に特化していく必要があると感じてきましたね。」

▲魚を通じて出会った人々とのつながりも大切だ。

SOGAWA BASEではただ商品を並べて売るのではなく、お客さんとのコミュニケーションがある店づくりを行なっていく。もちろん新型コロナ対策は行いながらではあるが、ふとした会話もあるお店を目指すとのことだ。

「お客様に正直なお店になりたいと思っています。例えば誰もが知っている人気魚だって、仮に鮮度の良いものが手に入ったとしても、脂が乗ってない時期だってあります。その逆で、鮮度が落ちても脂が乗った魚は焼魚にすれば美味しく食べられる。当然ですが、良い魚=完璧な魚ではないので、なるべく細かく伝えられるようにしたいですね。」

お客さんのほしいと思う魚が、魚屋として本当にオススメしたいものとは限らない。だから本心を伝える。そんな魚屋として育っていき、魚業界に恩返しをしていくのが今の田中さんの目標であり、内に秘めた熱い思いとなっている。

「自分はやりたいことがない大人でした。子どものころは消防士になりたいとか夢も持っていましたが、大人になるにつれて目の前のことだけを、誰かに言われたからやる。そうなったんだから仕方ないと受け入れてきました。でも長く魚屋を続け、この業界を見ているうちに、広い視野で世の中を見てやるべき事をやり抜きたいと思うようになったんです。その思いの部分まで、仕事を通じて魚業界関係の方にも伝え続けたいですね。」

チームで作っていく
ネクストスタンダード

魚訓の立ち上げメンバーは田中さん以外もスーパーや魚屋の経験者が多く、堅い結束がある。

「アルバイトも含め、もともと付き合いのあるメンバーが揃いました。自分の方向性を理解し共感してくれているこのメンバーが中核となって、まずはSOGAWA BASEから長きに渡る挑戦をはじめます。」

▲共同創業者の前波さん(左)は鮮魚経験もあり食品にも詳しい頼りになるパートナー。

魚業界でも、次世代の育成に成功している企業、うまくいっていない企業と、事例も様々。周囲の状況も参考に、手探りながらも失敗を恐れず成長を目指していく。

「品質への追求やお客さんとのコミュニケーションなど、今のチームが求める基準をぶらさずに、将来的には組織を広げていきたいです。働く人の環境づくりも並行して行いますが、給料が高く楽チンということだけに捕われると、我々が求めるものは出せないと思います。そのあたりも新しく一緒に働く人が入った時には、うまく伝えられるようにしたいですね。」

2020年5月現在、チームは魚をさばくトレーニングや提供する惣菜メニューの試作に勤しんでいるそうだ。

「魚の目利きや刺身づくりは当たり前に自信があります。しかし、この技術が強い魚屋さんは他にもいるので、負けじと頑張りたいですね。魚を使った惣菜も調味料ひとつからこだわって選定してきており、かなりオススメしたい完成度になってきました。フライや天ぷら、煮付け、カルパッチョやパエリアまで様々なものを提供することが楽しみです。」

提供するもの全てが、美味しいもの好きなお客さんにも満足してもらえるよう研究を重ねる。将来的にはSOGAWA BASEの各店舗が扱う食材と季節の海鮮を用いて商品開発にも取組む予定だ。

「縁のある寿司職人や料理人の方々と共同で寿司・惣菜のレシピを考案したり、沖漬けや干物などの製品を製造することもすでにスタートしています。とにかく今後はいろいろな活動を行っていきたいですね。料理人から学ばせて頂く部分も本当に多いです。自分も12年間で相当な数の魚を切ってきたので、この強みと経験値を様々な形で還元できれば幸いです。」

▲ずっと魚と真面目に向き合ってきたからこそ、揺るがない自信がある。

魚食の文化を盛り上げるため、多くの方に提案したいこと。誰もが美味しく体に合った魚を食べ、次世代に魚食文化をつなげるために考えてきたこと。それらを自ら発信するときが、ついにやってきたのだ。

「富山湾の魚は、これまでも長く食べられてきました。生臭い、気軽に食べづらいといったネガティブな部分もあり、魚離れが起こったり最初から好まない人もいるだろうと思います。魚訓は創意工夫によってそれを乗り越え、魚の美味しさを普及していきたいです。そして日本中、世界中で、富山湾特有の美味しい魚をアピールできる存在へと成長することを目指します。」

▲夜が明けて、漁船が港へ戻ってくる。「どの船がどんな魚を穫ってくるか全部覚えているので、予測して魚を買います」と田中さん。

 

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