楽しい食卓を作ること
それが僕たちの仕事
1995年にオープンした旧CIBO。かつて教会であった建物を活かした店構えは、森さんたちが長年にわたり醸成した空気感も相まって、まるで西洋の街並の一角のような佇まいをしていた。
「CIBOは独立する前に働いていた富山のイタリア料理店で出会った仲間達と一緒に立ち上げました。店をはじめる前、参考になるお店をいろいろと調べていたのですが、その一つが当時マンハッタンで人気があったデリカテッセンでした。」
遠くはニューヨークまで、実際に足を運び見学もしたそう。建物の1階には自分たちで焼き上げるベーグルや様々な種類のチーズ、そして世界中のセレクトされた食料品が並び、2階にはレストラン。当時の富山においては、先鋭的な店だったに違いない。
「オープン当初は『富山の食のシーンを俺たちが変えていくぜ』という若さあふれる野心もあったのですが(笑)苦労しました。目立つ場所ではないし、ショップとパン屋とレストランが併設された店は、当時の富山では馴染みのない形態だったとも思います。扱っていた商品も一般的な家庭の食卓ではまだあまり見かけないものが多く、コアなお客様に支えられていたと思います。」
レストランで食事をしてパンや食品を買って帰ることなど、徐々にCIBOの楽しみ方が浸透していった。2007年には大和百貨店が現在の場所に移転オープンする際、惣菜店「CIBOデリベイクスタジオ」を出店。現在も大和では、手作りの惣菜を購入できる。
「食の分野でご要望いただいたことはできるだけチャレンジしたいと常々思っています。店での営業だけでなく、市内のスーパーに自家製のパンを置いてもらうこと、ケータリングやオードブルの販売もお客様の声に応じて行なってきました。大和百貨店さんにもお誘いいただいて、食の提供で役に立てるなら、と出店を決めたんです。」
2019年には、花水木通りそばの市電通りにサンドウィッチ店「ROSETTA O MICHETTA」もオープン。「ロゼッタ」というバラの形をした自家製パンを使って、イタリア風サンドウィッチをその場でモーニングから食べられるほか、さまざまなサンドウィッチのテイクアウトも可能だ。
「もともとサンドウィッチは、作るのも食べるのも個人的に好きだったんです。この場所のオーナーさんが花水木通りでお店をされている方で、古くからの仲もあったのでお誘いいただいたことをきっかけに始めました。朝早くここで好きな音楽を聞きながらサンドウィッチを作っていると、いい感じに市電が走る音が聞こえてくるんですよ。今改めて、富山のまちの暮らしを楽しんでいます(笑)。」
ビジネス戦略として店を作っていくのではなく、あくまで自然体でCIBOは活動も幅を広げてきた。様々な挑戦の根底には、CIBOの原点となる思いが常に息づいている。
「僕たちの仕事は、お客様の楽しい食卓をつくることです。いいものをセレクトして、ひとつひとつ手作りをして、食卓に届けること。ベースにイタリアの食文化はあるけれど、パン屋や惣菜屋という業態の境目や、レストラン・家庭・イベントといった場所の境界線はありません。楽しい食卓をつくることを通じて、富山の食文化やまちなかのシーンを盛り上げていけたらと思います。」
見たいのは
まちとシーンが
変わっていくところ
富山市の中心部で長く商売を続け、映画や音楽のイベントなどさまざまな文化活動も行なってきた森さん自身、昔からこのエリアにはよく遊びにきていたそうだ。
「映画や音楽、雑誌にハマったのは姉の影響が大きいですね。小学生のころから中央通りや総曲輪には映画をよく見に来ていました。初恋の相手は、映画『小さな恋のメロディ』のヒロイン役・トレイシーハイド(笑)。ビートルズからはじまり、音楽を聞く事も今も変わらず大好きです。」
大阪での大学生時代、喫茶店のアルバイトでコーヒーを通じたコミュニケーションに楽しさを感じ、飲食に関わる世界に入った。大手コーヒーメーカーで6年勤めた後Uターンし、イタリア料理店で修行後、花水木通りにCIBOをつくった。
「昔から中央通りや総曲輪通りは富山のメイン・ストリート、大舞台というイメージがあります。花水木通りはちょっとまちの外れから、まちなかがよく見渡せるような場所。当時から素敵な洋服屋さんなどお店がぽつぽつとあり、個性的な人たちが集いやすい。だからこそ自分たちらしいこだわりあるお店をつくるならこの場所だと直感しました。」
店がオープンしたころ、時代はまちなかから郊外へ変わる最中だった。知っている店も少しずつ、郊外へと出て行った。それでも森さんたちは、花水木通りで活動を続けた。
「思えば、まちにしがみついて生きてきました。富山のまちがもっと魅力的に、そして自分が暮らすまちをもっと愛せるように、という思いがあって。食に限らず、富山のまちでいろんなことをかき集めて、自分の好きなことを表現する活動は個人的な楽しみでもありますね。今はまた時代が変わって、どんどん面白くなってくる予感がしています。」
まちと文化、好きなことに理由はない。森さんの周りには映画関係者やライター、デザイナーなど、共鳴する人々が世代を越えて集まる。花水木通りやまちなかにも近年、個性的で魅力的な店が増えてきたという。
「もっと多くの人に、自分たちのまちや周りに暮らす人々、そして自分自身が好きなことにも誇りを持ってほしいと思います。そこからはじまることが、きっと富山のまちなかやシーンを変えていく。その一員として、花水木通りから富山のまちを見続けていきたいです。」
ずっと続けてきたこと
新しくはじまること
2020年2月、全てがはじまった旧CIBOはたくさんの人々に惜しまれながら閉店。同じく花水木通り沿いに拠点となるパンと惣菜店「CIBO DELI BAKE」が誕生した。そして2020年7月、SOGAWA BASEに「CIBO VERA PASTA」がオープンする。
「かつてのCIBOは25年間を経て、伝統となりました。これまで生まれたメインの商品はパン(サンドウィッチ)に惣菜、パスタ。ここからは、大和百貨店にSOGAWA BASE店、ROSETTA O MICHETTA、そして拠点となるDELI BAKE。それぞれにまちの中で育っていってほしいと思っています。」
CIBOのパスタは森さんがイタリア料理店で修行していた際に、シェフが作っていたスパゲティから学び、それを改良してきたものだ。ちなみに「VERA」とは英語の「リアル」と同じ意味。
「CIBOで長く愛されてきたスパゲティのレシピ・土台を活かして、これまでのCIBOのお客様にも満足いただけるようにしたいです。一方、総曲輪通りは富山のど真ん中。ここに飲食店を出すのは初めてなので、まっさらな気持ちで新しさのあるパスタ作りにも挑戦してみたいです。」
CIBOが積み重ねてきたものは着実に継承しながらも、新たにブランドを作るような気持ちでSOGAWA BASEでの店作りに臨むという。
「料理界のトレンドにも興味はありますね。とはいえ、東京・ニューヨーク・パリ・ミラノのものまねではなく、あくまで富山らしさがあるものを。身近にある季節の一番美味しい素材を素直に使うことは大前提に考えています。」
これに伴い、SOGAWA BASE店ではCIBOの中でも若手のメンバーを店長として抜擢することを予定。CIBOは組織としての世代交代も意識しはじめている。
「ファミリーのような組織で、これまでは私が先導する立場にいましたが、これからはより若いスタッフが中心となり、それを支えていく形になっていくと思います。お客様でもスタッフでもそうなのですが、自分たちの場を利用してもらい『変身してもらいたい願望』があります(笑)。一緒に働くメンバーと自ら面白く行動し、その結果楽しいまちをつくっていけたら嬉しいですね。」
新しい施設として、25年間でまちの日常となったCIBOの皆様にたずねてみたかったこと。「誰かの日常になっていく秘訣はなんですか?」森さんはこう答えてくださった。
「終わることのない目標に向かって、1日1日、365日を何度も繰り返しやることです。ひとつの風景として、まちに馴染むところまで、やり続けること。今度はSOGAWA BASEのひとつとして、いつかまちの日常になるお店をはじめることを楽しみにしています。」