お客さんに教え伝える事も
八百屋の役割のひとつ。

▲亀谷さんは社長になった今でも、毎朝早くから野菜に触れている。

▲配達先には朝食を提供するホテルも含まれ、夜明け前から仕事はスタートする。

かねぶん青果はもともと江戸末期ごろ創業した乾物店がルーツ。1973年、富山市中央卸売市場の開設と同時に青果の卸売り専門店として独立した会社となった。会社規模は市場内でも大きく、取り扱う品物は野菜が75%、果物が20%、加工品や乾物品目が5%程度。市場や独自のルートを通して商品を仕入れ、飲食店を中心に県内約500カ所に配達を行っているという。

三代目社長の亀谷さんは市場内の青果店の現状についてこう語る。
「過去にメインの取引先だった地元の旅館や料亭などの飲食店、まちの八百屋が減り続け、当初から比べると市場内の青果店の数は半分程度まで減ってしまいました。開業から50年程経って人々の食生活も変わりゆくなかで、これまで通り卸売りの仕事だけで事業を継続することは、なかなか難しいでしょう。」

かねぶん青果は西洋野菜がまだあまり注目されていない時代から、いち早く仕入れを開始し、生産農家や飲食店とともに「西洋野菜研究会」を立ち上げるなど、時代を先読みして商売を展開してきたという。時代に必要とされる品質の良い野菜を用意して提案することで、これまで多くの料理人からの支持を得られてきたのではないか、とふりかえる。

「月に一度、たくさんある商品の中で自分が特にオススメしたい商品のリストをつくり、お客さんに紹介しています。経験が少ない社員は、スムーズにお客さんと会話ができない場合もあるので、リストを共有することで、あたらしい野菜や果物もアピールし、お客さんとコミュニケーションするきっかけになればと思っています。」

▲亀谷さん直筆のオススメリスト。100を優に越える品目は季節でガラリと変わる。

常連の料理人たちから野菜について質問された時しっかり答えられるように、亀谷さんは料理人や生産者を訪ねて情報をインプットすることも大切にしている。

「飲みにいく機会には野菜の使い方をよく観察し、研究しています。取引先の料理人には偵察しに来たと身構えられないよう、わざと予約せずに突然食べにいくことも()。実はこの仕事で一番面白いのは、買ってもらった野菜が美味しい料理になって、それを味わう時なんですよ。」

対話やコミュニケーションを大事にしているからこそ、かねぶん青果は信頼されるのだろう。「これからも商売を続けていくには、自分たちの業界だけでなくお客さんや生産者とも高め合っていくことが必要だ」と亀谷さんは語る。

「私たちの知識を、シェアする事も大事な仕事の一つだと思っています。特に若い世代は私たちの活動を未来に繋いでくれる大切なお客さん。おせっかいなようですが例えば配達先の若手料理人に野菜のことを教えることも八百屋の仕事だと思っています。美味しい野菜や果物を食べていける環境がずっと続いていくようにしたいですね。」

歴史ある青果店だからできる
幅広い野菜仕事へのチャレンジ

▲世界、日本中から集まった彩り豊かな青果たち。スーパーに並ぶよりも前に市場に集まっている分、みずみずしさが際立つ。

▲各地から集まった大量の青果がスピーディに運ばれていく姿は圧巻。

亀谷さんは富山市西町の老舗紙物店に生まれ育ち、大学時代はニューヨークでデザインを学んだという珍しいキャリアの持ち主。かねぶん青果には全くの偶然で入社したという。

「ニューヨークでは世界中から集まった友達と一緒に自炊をして、いろいろな国のものを食べました。そこから食に対して興味が出てきましたね。大学卒業後日本ではバブルが崩壊し、当時の富山ではデザイン関連の就職が難しかったこともあり、実家の紙店を継ぐ前に、たまたま紹介されたかねぶん青果で働くことになったんです。青果店に勤めていなければ、今ごろ料理人になっていたかもしれないですね()。」

入社してすぐに青果業に夢中になった亀谷さんは、2012年に39歳で社長に就任した。亀谷さんの人柄と同様、ともに働く社員さんも物腰が柔らかく、話しやすい方が多い。

「社長の自分よりも年上の社員がたくさんいて、年齢や立場といった上下関係はあまり気にしない会社です。歴史が長いため、“お堅い社風”と思われがちですが、実はけっこう融通のきく、柔軟な社風だと思っています。」

▲かねぶん青果のスタッフたちは、仲良くもきびきびと健康的に働く印象

▲寒い朝には温かい飲み物を飲みながら談笑を楽しむひとときも。

かねぶん青果はプロ向けの販売を行いながら、さまざまな新規事業の開拓を検討している。一般のお客さんに野菜を販売する「まちの八百屋」事業を行なうことも、これまで試行錯誤してきた。

「マルシェなどのイベントへ出店すると、『はじめてこんな野菜を見た』とか、『こんなに美味しいものがあるのか』といった声をよくいただきます。もっといろいろな情報を見つけて、様々な方法で発信していければと思います。先日も、東南アジアをまわって新しいフルーツを見つけてきました。美味しいのでSOGAWA BASEでもぜひ紹介していきたいと思っています。」

チャレンジしたいことは青果販売だけでなく、農業全体の領域にも及ぶ。農家の高齢化や後継者不足という問題を解消するためにも、かねぶん青果の知識をシェアして、農業に参加するリスクを減らしていこうという考えだ。

「これからは野菜を作る仕事にも積極的に携わりたいです。世間では水耕栽培で作った安価な野菜も広まっていますが、やはり土で作ったもののほうが個人的には美味しいと思うので、そういう野菜や農家を応援したい。今はまだ何を作れば売れるかという情報が農家側に不足しているように思います。農家が先に物を作ってから売り手が値段をつける、というこれまでの取引ではなく、はじめからちゃんと売れるとわかっているものを一緒に作る。そうすれば農家はもっと安心して農業に取り組めると思います。今は黒部市で農家さんと協力していちご作りにチャレンジしているところです。」

プロ向けの青果販売で信頼を積み重ねてきたかねぶん青果だからこそ、さまざまな仕事に取り組めるチャンスも多い。亀谷さん自身も、幅広い目標に胸を踊らせる。

「今回オープンするまちの八百屋さんは総曲輪だけでなく、徐々に増やしていきたいですね。料理も好きなので、千疋屋さんではありませんが例えばフルーツパーラーのような店もゆくゆくはチャレンジしたい。商品の廃棄が少なく、価値を高めて世の中に発信できるようになるのが理想。青果を作る・売る・加工販売する・料理して提供するということが自分たちで完結出来れば、良いサイクルになるし、何よりどんどん面白くなると思います。」

商品から接客まで
地元にフォーカスした
八百屋を総曲輪へ

▲季節の地物は競りで取引されるものも多い。目利きの力の出しどころだ。

▲消費者へ青果の魅力をより豊かに伝えていくことが、総曲輪でのチャレンジ。

今回SOGAWA BASEで八百屋にチャレンジする理由をきくと亀谷さんは「地元愛」と即答する。自分が育った町という個人的な思いもあるが、歴史ある青果店としても役割があるという。

「現代の買い物は作業的だな、と思います。どこのスーパーにいっても、レイアウトや置いてあるものも似ていて、一年中ずっと同じ種類の野菜が並んでいます。昔は八百屋に行くと『今はこれが美味しいよ』という会話があって旬の野菜も自然とわかるようになりました。現代では何が旬か、何が本当に美味しくて安全なのか、自分で詳しく勉強しないとわからない。そして情報が溢れているので何を信じるべきか判断しづらい。」

現代は自分で情報を探せば便利に買い物ができる。その一方、プロフェッショナルとの接点がなくなってしまい、抜け落ちてしまった情報も多い。こんな時代だからこそ、あえて地元のお客さんにも農家にも距離が近い八百屋を作って、業界を盛り上げたいという。

「富山県内にはやる気に溢れた農家がたくさんいるので、地場もん屋さん(SOGAWA BASE近く、富山市内で作られた野菜の販売所)と一緒に地元野菜も広めていきたいです。北陸新幹線が開通してからは、たとえばディズニーランド周辺のホテルなど、首都圏からかねぶんへ富山の野菜が求められるようになりました。」

総曲輪の地ではじまる、かねぶん青果初となる「まちの八百屋」は、富山で暮らすお客さんと料理人、農家の皆さんが出会う集いの場。人と人、人と野菜が出会う、一件の八百屋から青果業界がちょっと良くなることを願って。

SOGAWA BASEの八百屋はスーパーとも百貨店とも違う、おいしいものや変なものもある場所です。キッチンスペースもあるので、料理人さんやソムリエさんと集まって、いろいろな野菜のことを知ってもらえる機会をつくれたら。まずは売上よりも野菜を通じて地域の人が交流できる場を目指します。買い物は全部ネットになって、店に行くこと自体が少なくなる時代かもしれないけど、わざわざ足を運ぶのが面白い八百屋になりたいです。施設内にいろんな食の店もあるから、タッグを組んでおいしいものを広げて、富山を盛り上げたいと思っています。」

▲かねぶん青果の原点、青果の基地となる中央卸売市場