一番大事にしているのは
Human Being(=人間)の可能性

▲代表の布村さん(写真左)とスタッフの宮崎さん(写真右)はともにお酒好き。

▲「あんぽんたん」の料理長で、「酒場ヤマ富」でも主要人物となる浅生山さん

一般的に飲食業ではまず一つの人気店をつくり、2号店・3号店とチェーン展開することがセオリーとされる。しかし、Human beingの店舗は空間からメニューまで、つくりがそれぞれに異なり個性がある。一見非効率なやり方だが、なぜそうするのだろうか。

「自分はもともとサービスマン出身で、特化できる料理のジャンルも特にないので、からっぽというか、かっこよく言えばフラットです(笑)店を開きたい場所との出会いや、スタッフと自分がそのタイミングでやりたいことなど、さまざまな『思い』を踏まえて店を作るので、自然とそれぞれの店の内容が変わってしまうんです。」

7名いる社員のうち、修行を積んだ料理人は1のみ。その他スタッフは調理未経験者だが、料理接客など、新店舗も併せて4つの店づくりを協力して取り組んでいる

「腕のいい料理人が主役のお店も好きです。しかし素人包丁でも何度も通いたくなる店はたくさんあって、そうなるために『店づくりの勉強を重ねていこう!』というエネルギーを大切にしています。特に酒場や居酒屋は、そういう『人間味』も魅力の一つですから。」

酒場や居酒屋とひとくちにいっても、料理や店の雰囲気、接客の仕方まで多様な選択肢がある。一体どのようにアイデアが生まれ、オープンに至るのだろうか。

「その場所やそのまちの中にあったらいいな、という店をまず想像します。お客さんがどんな時間を過ごすか、何を提供しておもてなしするかなど皆のイメージが定まってきたら、参考になりそうなお店を見学したり、仲の良い料理人にいろいろ教えてもらって、試行錯誤しながら店を作っていきますね。」

Human Beingは設立から5年たつが、今いる社員のほとんどは入社以来長く勤務している。人離れが多い飲食業界において、この会社の魅力は何なのだろう。「あんぽんたん」で働く浅生山さん、「富ノ旨ミ」で働く宮崎さん、会社のこと、布村さんについて聞いた。

浅生山さん「布村さんは定まった答えがないからこそ、何を言い出すかわからないところは時々苦労しますが(笑)会社として人として、どうしてその仕事に取り組むのか、気持ちの部分をお互い納得するまで共有するので、やる気になります。」

宮崎さん「なにを目指して店を開けるのか、どうやってお客さんに接するかまで、布村さんだけでなくスタッフ同士も真面目に話します。私は学生時代のアルバイトから入社したのですが、アルバイトに対してもお客さんに対しても真剣に向き合う社風に惹かれましたね。」

社長とスタッフが意見を擦り合わせながら、会社の方向性を一緒になって作っていく。人員やタイミングが重なれば、取り組む仕事のジャンルは「食」だけに縛られないという。

「食に関する事業は会社の基盤として現在最も大切ですが、チャレンジしたいことは他にもあります。例えば近所の良いお店や人をお客さんに紹介できる宿がまちにあると素敵ですよね。やったことがないからやらないではなくて、人(=Human Being)の可能性を信じて、皆が働きがいを感じられる会社を一緒につくっていきたいです。」

Human Beingの原点
挑戦と失敗の繰り返しの中で

▲「富ノ旨ミ」地酒がズラリと並ぶカウンター。空間もひとつひとつこだわっている。

▲若いスタッフも一人一人主体的な意見を出し合い、ミーティングにも熱がこもる。

そこかしこに人間味を感じる会社、Human Beingはどのようにして生まれたのか。その誕生にはこれまでの布村さんの経験が深く関わっている。

「大学時代は夢も具体的な目標も特になくて。なんとなく就職活動をしても、全く内定をもらえず(笑)なんとか入社できた大手パスタチェーンでサービスとして働いたのがはじまりです。」

1999年、布村さんが就職した当時、東京では飲食業界が盛り上がっていた。たくさんの新進気鋭のレストラン・居酒屋が瞬く間にブレイクし、メディアで取り上げられた。若き日の布村さんも、人気店を訪れては刺激を受けていたという。

「職場では1,000円のランチを提供しているのに、6,000円のコースを出すようなレストランに憧れて、当時は同じように良いサービスをしよう、お客さんにもっと喜んでもらおうと必死になっていました。今思えばアンバランスすぎて不可能ですけどね。()

パスタ店で自分なりの試行錯誤を繰り返して3年ほど経ったころ、東京の様々な店を巡っていく中で一軒の居酒屋と出会い衝撃を受けたという。

「その店は人もまばらな銀座の裏通り、路面から地下に降りた、誰も入らないような場所にありました。扉をあけると多くの大人が酒を酌み交わし、語らい、店員が元気いっぱいに接客している。集う人々を見て、この場所にもっと関わっていたい、と心がゆさぶられました。」

終電、仕事あがりにその居酒屋に足しげく通っていると、一緒に働くことを誘われ、もちろん転職を決めた。そこで働きはじめ、新規出店する店舗の店長をまかされるなど順風満帆に思われたが、大きな挫折も経験することとなった。

「転職して3年ほどで、腰を悪くして思うように働けなくなりました。スタッフをうまくまとめられなかったことも重なって、結局店長をしていた店を閉店に追い込んでしまった。責任を感じてしまい、逃げるように退社しました。」

しかし店づくりの仕事はあきらめられず、知人の新店舗の立ち上げに参加するなど再度奮起。その中で、人間にフォーカスした店づくり、得意な店づくりの方法をつかみ始めたという。

「店のスタッフが前向きに、元気に店づくりに取り組めるようサポートすることで、店全体のエネルギーが高まり、売上などの結果にも反映されました。手応えを感じましたね。」

2008年に富山へUターンしいくつかの店舗づくりに参画した後、2011年富山駅前に「あんぽんたん」、2016年に富山市荒町に「富ノ旨ミ」をオープンした。今もなお、布村さんは成長を続けている。

「長く飲食の世界にいますが、想い通りにいったことはほとんどありません(笑)。『あんぽんたん』の立ち上げ当初もひどかったですよ。刺身もない、東京の店のようなメニューを作って、お客さんが全然来なかった。一組一組真剣に接客して、改善して、日々勉強ですね。だから様々な失敗を受け入れて、一生懸命に挑戦をし続ける会社でありたいなと思います。」

富山、総曲輪の一員になっていく
まちへの思い

▲「酒場ヤマ富」のイチオシメニューの一つは、シュウマイなど富山の素材を活かした蒸し料理

▲スタッフとの距離の近さやライブ感もカウンター型の酒場の魅力。

布村さんは30歳前後のころから、帰省するたび富山で働くことが魅力的に思えてきたという。

「高校生の頃、『こんな田舎いやだ!』と思って東京に出ましたが、徐々に富山の豊かな食や落ち着いた暮らしなど良さに気づきはじめました。故郷の否定をするばかりでなく、自分にも何かできることがあるかもしれないという気持ちが芽生えて、大きくなって。」

まちの魅力の1つは、スタッフが元気に働く職場があることや、お客さんに喜んでもらえる店があること。東京で出会った先輩や仲間達から、一つの飲食店がそのまちを訪れる理由になることを学んでいた。だから布村さんは人づくり、まちづくりへの思いを持って飲食店を営む。

「飲食業界はブラック、根性論主義という業界のイメージも変えたいので、働く環境づくりには最大限取り組んでいます。でも、いきなり大企業並みの保証をするのは正直難しい。やりがいを持って仕事へ取り組むこと、休みや給与が適切なこと、どちらも必要ですね。自分たちはまず働く人が元気で、その結果いい店・いいまちをつくることを目指します。」

SOGAWA BASEへの出店は、施設の目指す方向性について布村さん自身が共感したこと、またHuman beingのチームとして新しい挑戦に取り組めるタイミングが重なったことで、実現を決めた。

「商業施設へ出店することは正直考えたことがありませんでした。路地にひっそりある感じの店が好きだし(笑)でも、人がたくさんいるわけじゃない総曲輪のまちに、富山中から個性的なお店が集まって、いつかお客さんが日常的に集まる場をつくれたらと思うと、自分たち自身がとてもワクワクしますね。」

新店舗「酒場 ヤマ富」と「おむすび ヤマ富」では、これまでの2店舗よりもさらにHuman Beingらしい思いが伝えられる店づくりを目指すという。

「江戸にあった一人でも訪れやすいカウンター酒場が、現在のテーブル席が充実した居酒屋の原点と言われます。まちに集った人が並んで座り、小粋に酒や食事を楽しめて、店員との距離感も近い酒場。そして握り立てのおむすびを通して『人』が感じられる食を届けたいです。どんな時代になっても、シニアから若者まで人々に寄り添って、お客さんに長く通ってもらえる、総曲輪に馴染んでいくような店になれるように。」