いいコーヒーをもっと
広めたいという志
コーヒーは今や私たちの生活に欠かせない飲みもののひとつ。コンビニやチェーン店、自動販売機まで至るところで手軽に飲むことができる今、hazeru coffeeの特徴を聞いた。
「コーヒー屋さんの魅力って、お店によって人・商品・空間など様々あります。全て優れたお店になれればベストですが、特に自分たちが強くこだわっているのは提供しているコーヒーの品質です。」
窪田さんの言葉からは、柔らかい物腰と店内に醸し出される優しい空気感に包まれながらも、強い芯のようなものを感じる。一種の職人魂のようなものだ。
「自分たちはより美味しいものや、今まで味わったことのないものを探し求めている方に向けて『スペシャルティコーヒー』を提供しています。コーヒーに全然興味がない方、むしろ嫌いという方にも『これなら飲みたい』と感じてもらえるものを目指しているので、ぜひお試しいただきたいですね。」
スペシャルティコーヒーとは、豆が栽培されてからカップに提供されるまでの一連の流れで、品質管理が厳格に行なわれているコーヒーのことをいう。具体的には、生産されている土地と生産者、収穫後の加工方法と加工者、買付人と流通ルート、そして焙煎する人・抽出する人まで、すべての過程が明らかで、かつそれぞれの道のプロによって手がけられているもののことだ。
「店では信頼するバイヤーの方から生豆を買い付け、焙煎してドリンクとして提供したり、豆の販売を行っています。世界中の様々なコーヒー豆の中でも、自分たちが好きなもの・面白いと思うものを紹介しており、特に新規性のある栽培法や加工法に挑戦しているものは積極的に扱うようにしていますね。その魅力を広めることで、生産者さんが次の挑戦を行うことに繋がって、業界全体の成長にも貢献できたらいいと思っています。」
例えば最近紹介した豆の一つは収穫後に一度、嫌気性発酵を行ってから加工処理を施すという特殊なプロセスを経たもの。まだ知られていない豆の魅力を探り、お客様に対して表現することも仕事の楽しみの一つとなっているそうだ。
「この活動が『他の店と一味ちがう』と評価いただくこともあるのですが、人と違うことをやりたいわけではありません。世界中にスペシャルティコーヒーを扱う店は数多くあり、同志のような存在だと思っています。提供しているものの個性は様々でも、美味しいコーヒーを広めたいという思いや目指すところは同じです。」
現在店を構える古沢は、アクセスとしては便利とはあまり言えない。しかし周辺にはhazeru coffeeの他にも、肉の加工食品の専門店「メツゲライイケダ」やベーカリー「ブーランジェリーイマムラ」をはじめ、美味しいと評判の店が集積している。自然と集まってきたのだろうか。
「店をオープンする時に富山市内をいろいろ探しまわっていたところ、ちょうどメツゲライさんやイマムラさんがこの場所に店を作っていたところでした。元々その2店舗は尊敬しており、美味しいもの好きな人が集まることを予想しました。我々のコーヒーは比較的高単価でより美味しいものという特徴があるため、食に関心の高い人にはきっと好まれるだろう、そして相乗効果もあるのではと考え、この場所でのスタートを決めました。」
それ以来、このエリアには新たに和菓子店やテイクアウト専門のカレー店も相次いでオープンした。ポジティブな変化が起こり続けるこの場所へ、美味しいもの好きの方はぜひ訪れてみてほしい。
一回きりの人生だから
はじけるような思いを
大切に
店名の由来は「爆ぜる」というコーヒー用語。生豆を焙煎する時、火を通していくと「パチン!」とコーヒー豆がはじける。その瞬間に豆から香りが溢れ出し、まわりに広がり始めるという。
「豆が一度爆(は)ぜる終わりかけの状態、『浅炒り』のコーヒーも大好きで。あとは自分でコーヒー屋さんをはじめたいっていう思いが募り、思いがはじけてできた店、というダブルミーニングになっており気に入っています。」
せっかくなので、窪田さんの思いが「爆ぜる」までの経緯についても深掘りしてみよう。窪田さんは金沢市に生まれ育ち、横浜国立大学を卒業後、2001年に金融関係の仕事に新卒で就職したという。
「大学では経営学を勉強していました。経営全般やマーテティングに興味があったのですが、はじめは経営者と直接やりとりできる金融の仕事に就きました。給料が高そうだったこともありますが…(笑)」
全国に支社がある会社に入り、最初の勤務場所は自分で選ぶことができたため、すぐに故郷の金沢で勤務することを希望したそうだ。
「転勤族としていろんな土地の美味しいものを食べたかったので、最初だけは親孝行しようと(笑)金沢に帰ってきました。ところがいざ働いてみるとあまり楽しさを見出せず、入社して7ヶ月ほどで会社を辞めてしまったんです。人生の半分は“働く時間”、その時間が楽しくないままでよいのだろうか、と考え直しました。」
自分の好きなことを仕事にしよう。そんな時に頭をよぎったのが、コーヒーのことだった。窪田さんはコーヒー好きの両親に影響を受け、中学生時代からずっと飲んでいたそうだ。
「はじめは眠気覚ましのためにインスタントコーヒーを飲んでいました。甘いチョコレートと一緒に味わうのが幸せでね。大学時代には、日本に出始めたころのスターバックスで出合った『カフェラテ』にも衝撃を受けました。コーヒーの味もミルクの甘みもしっかりあって、これがエスプレッソか!って。」
窪田さんが会社を辞めた当時は、北陸にはまだスターバックスがなくチャンスを感じたという。
「スターバックスは雰囲気もすごく素敵で、コーヒーも美味しかった。この魅力を広める仕事はきっと楽しいだろうと、そして北陸1号店を開きたいと思い本社に電話してみたところ『もう既に金沢に出店する予定があるから、一緒に働きましょう』と言っていただけて。」
2002年より北陸1号店からのスタッフとして働き始め、そこから約15年間スターバックスでキャリアを積んだ。
「コーヒーについて詳しく学ばせてもらったことも感謝していますが、スターバックスは何よりも社風や文化が素晴らしいです。仕事に対して心がこもっていることを大事にすることもその一つ。同じ言葉を話しているように見えても、大切な人をお迎えするようにお客様に接しているかどうかで全く違うことを教わりました。」
ベースになる考え方を自分で実践し、スタッフにも浸透させて、店をつくる。ここで働くことができたのは幸運だったと振り返る。しかし北陸エリアで10年間働いた後、京都の店舗に転勤した際、転機が訪れたという。
「会社が好きで、トップを目指そうという気持ちで働いていました。しかし京都の街でスペシャルティコーヒーという、さらに美味しいコーヒーと出合い、研究するにつれてコーヒーについて『もっとこうしたらいいのに』と思うことが増えてしまって。けど、世界的な仕組みがある環境で、自分が出したいものを身勝手に出せるわけがないのも当然のこと。その頃から自分でやりたいという思いが募り始めました。」
スターバックスの店舗は次々と増え、より多くのお客様を迎えるためにコーヒー以外のメニューも増えていった。社内ではコーヒーに特化した店づくりも計画されていたが、窪田さんは独自の道を選択したという。
「自分の中で、本当の意味で品質の高さにこだわるためには、生豆の調達や焙煎、コーヒーの全てに携わる必要があるという結論に至りました。世界トップの規模感ではどうしても分業する必要があり、その実現は不可能だなと。ほかにも自分に子どもが生まれたことなど色々ときっかけはあったのですが。コーヒーの品質をとことん追求するためにhazeru coffeeを始めることを決めました。でもやっぱり、前職なくして今はありえません。」
多くの人の日常に、もっと
スペシャルティコーヒーを
古沢で店をオープンして3年が経ち、店としてもエリアとしても認知が向上してきたと窪田さんは語る。
「おかげさまで多くの方に足を運んでいただけるようになってきました。お客様は食に関心がある方が多いですね。やっぱり車で偶然に通りかかる場所ではないので、古沢までわざわざ美味しいものを目的に来てもらえるのは嬉しいです。」
そしてまた一つ、転機がやってきた。2020年、SOGAWA BASEへコーヒーショップの出店を決めたことだ。
「スペシャルティコーヒーをより多くの方に楽しんでいただくため、古沢を焙煎の拠点として、いずれ駅前や中心部など色々な人が行き交う場所でその魅力を発信する2店舗目をつくりたいと考えていました。」
SOGAWA BASE店はスタンド形式で、コーヒーの楽しみ方は基本的には古沢と同じスタイルを考えている。
「さまざまなコーヒーを試飲していただき、新たなコーヒーの魅力と出合い、それをきっかけに豆やドリンクを買っていただけたら嬉しいです。近くで働いている方や住民の方、総曲輪へお買い物に来る方など、より日常に密着して、コーヒーを提供したいですね。」
SOGAWA BASE店で店長をつとめる長原明子さんは、「豆の個性や産地、コーヒーの正しい情報や込められている情熱をしっかりお伝えしたいです。お客様にはコーヒーを通じてホッと一息する時間を過ごしていただきたいので、アットホームで温もりある関わり方ができたらと思います。まちにゆっくりと溶け込むような場にしたいですね。」と話す。
古沢店で行なっているコーヒーにまつわるグッズ販売、お菓子の販売や、イラストレーター・ガラス作家とのイベントなども今後は2店舗で継続していく。
「スペシャルティコーヒーと一緒に相乗効果で楽しめる、品質の良いものの販売や作家とのイベントは引き続き行なっていきたいです。ジャンルに関係なく、自分たちのコーヒーへの思いにも似たこだわりあるものに惹かれますね。富山をはじめ縁のある全国各地の方々と一緒に、表現する場をつくっていきたいと思います。」
コーヒーの専門性を高め続ける本店。それを日常的に総曲輪や家庭で楽しむためのSOGAWA BASE店。その先のビジョンも窪田さんは描く。
「将来は、さらにリラックスした環境があるカフェもつくりたいです。あらゆるフードやスイーツとのペアリングにも興味があります。いろいろな楽しみ方を提案することで、自然とスペシャルティコーヒーが多くの方の日常に溶け込み、浸透させることができたらいいなと思います。店舗数が増える時は、目が行き届かなくなることも心配する要素なので、一緒に働いてくれるメンバーとはしっかりコミュニケーションをとって、ともに成長していけたら嬉しいですね。」